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神さまを愛したくて、博愛主義で、誰のことも愛しているのに、誰のこともどうでもよさそうな、ただ、いつも正しくあろうとする、そういう人をずっと探していた。大きな音は苦手だから、静かな人だといい。性別も年齢もない、誰だかわからない、神さまを探していた。

すぐにすべてに絶望してしまうのに、誰かひとり、愛してくれたら、それだけで生きていける気がした。一緒に神さまになろう。正しさを求めて、なににもなれないまま、死んでいくなにか。

 

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正しさを求めるとなににもなれないということを過去のわたしはよく知っていて、誰も傷つかない未来を望むほど、社会に適応できなくなっていった。多様性が叫ばれる中で、わたしは今日も許せない人がいて、過去の自分を救えなくて、間違えないために動けなくなっている。自分の正義で殴ってきた人を、わたしは未だに許していない。わたしが誰かを憎んでも、誰も味方になってくれないし、助けてもくれなかったので、いつのまにか憎むことが馬鹿馬鹿しくなって、じゃあもういいよって全部捨てて忘れてきた。実はぜんぜん忘れてなくて、乗り越えてもなかった。否定しないで。わたしのこと責めないで。自分勝手な人間でごめんね。

自分が許されなかったことを許されている人を見て、心の底からよかったねなんて思えない。過去の自分を救いたいから目の前の正しさを受け入れられなくて、過去の出来事に意味がほしいから間違えを貫き通さなきゃいけなくなる。わたしがわたしのまま認められなかったら何の意味もないんだ。過去のわたしを見捨てずにいられるのはわたししかいないんだよ。なにも考えずにいればつらくないことなんてずっと前からわかっていて、でもそれは過去をなかったことにするのと同じだから、過去をなかったことにするのは過去の自分を見捨てることだから。つらかった日々も、いまの苦しみも、共存して、それでも大丈夫になりたい。向き合うことをやめるのは最後の手段でいい。

 

思い出すと泣いてしまう記憶ばかりで、学校に行くのをやめてからいちばん生きていた気がする。ぞんざいに扱われていい人なんていないよ。そう言ってくれないと、過去のわたしが救われないんだ。生きやすい場所を見つけようね。無理して合わせなきゃ居られない場所なんてやめてしまって、好きなものだけ集めればいい。ぼくらどこにだって行けるよ。