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覚えていること。スクールカウンセラーは、わたしがオーバードース自傷を打ち明けるまで「様子見」としか言わなかった。親に連れられて行った先のカウンセラーに「やらなきゃいけないことができなくてつらい」と言ったら、「本当にやる必要があるとは思っていないんじゃない」と返ってきた。高校の友達は、わたしのことを甘えと言って糾弾した。親は心療内科に行かせてくれなかった。親の選んだ病院では生活への指摘ばかりだった。保育園のころは怒られた記憶しかない。小学校では浮いていた記憶しかない。中学校では孤独だった記憶しかない。わたしが記憶を歪ませた?

どうして親も先生もカウンセラーも「つらかったね」と言わなかったの どうしてわたしは今でも自分のつらさを認められないの どうして腕の傷は増えるばかりなの どうしてひとりで泣く日ばかりなの どうして誰もわたしのこと助けてくれなかったの どうして わたしはただ抱きしめてつらかったよねと言ってくれたらそれでよかったんだよ