4/29

 

 

眠れないと言ったら夜以外は布団で過ごさないようにと言われたのだけど、そんなことを無視して丸二日ほど眠っていた。昨日は悪夢を見たり夢と現実の区別がつかなかったりした。今日は現実味がなかった。眠りすぎて頭が痛くなっても眠くて、睡眠と睡眠の間に少しの現実があった。

寝ている間に時間が進んで、取り残されたみたいに全てが曖昧になった。今日が何日か、今が何時なのかの感覚がずれていくと、世界から隔離されたように感じて、つらいこともつらくないこともわからなくなる気がする。いつもより静かだから本を読んでみたけど、上手く意味が入ってこなくてだめだった。

 

ぼんやりとしていて、穏やかな時間だった。時計が意味を持たなかった。何時になっても同じだ。昼も夜もない。カーテンを閉めてしまえば外の暗さもわからない。朝に動悸がすることもない。朝が訪れない。

何かを眺めに行けばよかった。でも人と会ったら、この部屋を出たら終わってしまう気がした。意識がはっきりしてきたのがわかる。今夜眠ったら朝が来るのだと思う。

12/31

 

 

傷ついた分だけ人に優しくなれるわけもなく、だいたい苦しいときは憎しみや嫌悪ばかりが自分の中に渦巻いていて、向かう先のない怒りが手当たりしだいに何かを攻撃させてくる。楽しいことで毎日がいっぱいだったらいい。好きで溢れた日々をみんなが送れたらいい。しあわせに怯えなくてもつらいことは勝手に歩いてくるし、どうせあと60年くらいの人生なのだから、好きなこととしあわせでいっぱいになってほしい。

いつまでも子供でいられたらいいのに、経験を積み重ねるたびにわたしは変化していく。いまある気持ちがいつかなくなることがこわい。いろんなことに納得をして寛容になっていきたいけど、妥協に慣れて斜に構えたようにはなりたくないと思う。でも昔のほうがよほどひねくれていたかもしれないな。ちゃんと成長をして向き合えることが増えているのかもしれない。いつだって、わかったつもりで全然わかっていないことばかりだった。

良くも悪くも思い出が少ない。環境が変わるたびに知り合いの連絡先を全部消すようなことばかりしてきた。自分の中に残ったものだけが全てなんだと思っていた。というかなかったことにしたかった。こんなのは本当じゃなくて、本当のしあわせが未来にあるんだと思っていた。いま、着実に昔よりは人生が楽しくなっているよ。少なくともクラスでひとりハブられたりはしないし、認めてくれる友達ができたり居場所ができたりする。それはわたしが成長したからでもあると思うし、環境が変わったからでもあるかもしれない。本当のしあわせはわからないけど、これからもきっといろんなことがあって、そのたびに苦しんだり喜んだりして、でもできるだけ喜びが多いまま、残りの時間がすぎていけば良いと思う、2018年の終わり。

11/17

 

 

話したことや過ごした時間、くれた肯定が過去の抜け殻になって、支えにも糧にもならないけど、ささやかな救いとして降り積もっていたりする。わたしも誰かの中に抜け殻を作りたかった。どうにもならないことを笑って話すから、苦しいねって笑いながら返した。どんな言葉も行動も救いにならないけど、今日静かに眠れることを祈ってもきっと無駄だけど、やっぱり、暖かい布団でたくさん眠ってほしい。

 

夜明けを待っていても仕方がないので外に出る。空気が冷たく澄んでいて、どこにでもいけそうなのに、行きたい場所もなくて、夜に溶けてしまいたいね。もう体を捨てたくて、早く意識だけになりたくて、自我も本能も捨てて、塵みたいな意識だけになって漂いたい。わたし、質量を持って生きているから、こんなにも重たくて、不安定で、気持ち悪くて、うざったいんだと思うの。

 

わたしたち間違ってなかったねっていつか笑い合いたいな。子供みたいに誰かを傷つけることを嫌がって、言えなかった言葉を呑み込んで、綺麗事ばかり好きになって、いつまでも空の青さに感動できたらよかった。

11/11

自分を残しておきたい。今思っていること、気持ち、考えていること、明日には失われてしまうけど、過去が救いになるときがあることを知っているから。今書き残す文が、伝えた気持ちが、話したことが、いつか、なにかの糧になるかもしれないから。大丈夫だよ。

自分が救われる必要なんてどこにもなくて、心の底から好きだと思えるものがあれば、幸せを願える人がいれば、充分に生きる意味だ。愛されること、満たされること、救われること、全部諦めてやっと、わたしは身軽になって、わたしになれる気がする。

 

わたし、どこにもいないよ。意識だけがぼんやりと部屋にある。質量を持ったからだが鬱陶しくて、いっそ幽霊になれたらよかった。

10/9

 

 

神さまを愛したくて、博愛主義で、誰のことも愛しているのに、誰のこともどうでもよさそうな、ただ、いつも正しくあろうとする、そういう人をずっと探していた。大きな音は苦手だから、静かな人だといい。性別も年齢もない、誰だかわからない、神さまを探していた。

すぐにすべてに絶望してしまうのに、誰かひとり、愛してくれたら、それだけで生きていける気がした。一緒に神さまになろう。正しさを求めて、なににもなれないまま、死んでいくなにか。

 

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正しさを求めるとなににもなれないということを過去のわたしはよく知っていて、誰も傷つかない未来を望むほど、社会に適応できなくなっていった。多様性が叫ばれる中で、わたしは今日も許せない人がいて、過去の自分を救えなくて、間違えないために動けなくなっている。自分の正義で殴ってきた人を、わたしは未だに許していない。わたしが誰かを憎んでも、誰も味方になってくれないし、助けてもくれなかったので、いつのまにか憎むことが馬鹿馬鹿しくなって、じゃあもういいよって全部捨てて忘れてきた。実はぜんぜん忘れてなくて、乗り越えてもなかった。否定しないで。わたしのこと責めないで。自分勝手な人間でごめんね。

自分が許されなかったことを許されている人を見て、心の底からよかったねなんて思えない。過去の自分を救いたいから目の前の正しさを受け入れられなくて、過去の出来事に意味がほしいから間違えを貫き通さなきゃいけなくなる。わたしがわたしのまま認められなかったら何の意味もないんだ。過去のわたしを見捨てずにいられるのはわたししかいないんだよ。なにも考えずにいればつらくないことなんてずっと前からわかっていて、でもそれは過去をなかったことにするのと同じだから、過去をなかったことにするのは過去の自分を見捨てることだから。つらかった日々も、いまの苦しみも、共存して、それでも大丈夫になりたい。向き合うことをやめるのは最後の手段でいい。

 

思い出すと泣いてしまう記憶ばかりで、学校に行くのをやめてからいちばん生きていた気がする。ぞんざいに扱われていい人なんていないよ。そう言ってくれないと、過去のわたしが救われないんだ。生きやすい場所を見つけようね。無理して合わせなきゃ居られない場所なんてやめてしまって、好きなものだけ集めればいい。ぼくらどこにだって行けるよ。

9/21

 

せめて眠る前くらいは穏やかで安心した気持ちになりたいといつも思うけど、大抵は落ち着かない中で眠気を待つ夜になる。最初から最後まで大切にされた過去がありますか。出来事そのものは覚えていなくても、それによって構築された自己像は残る。本当は誰に愛されたかったの。